大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(う)2291号 判決 1977年3月16日

本籍ならびに住居

栃木県今市市長畑五四八番地

製材業、不動産業

福田由一郎

大正七年一月三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四八年六月四日宇都宮地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官設楽英夫出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人酒井憲郎、酒井亨、野島潤一共同作成名義の控訴趣意書(第一点を除く)記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、当審における事業取調の結果に基づき、つぎのとおり判断する。

所論は、要するに、原判決の量刑が不当であるというにある。

しかしながら、本件は、製材業を営むかたわら不動産の売買をしていた被告人が、二重契約したり他人名義を使用したりして不動産の売買をするなどして所得の一部を秘匿したうえ、昭和四四、四五年の二年度にわたり合計三四九六万四八〇〇円にのぼる所得税をほ脱した事案であり、被告人の刑事責任は決して軽いということはできない。そして、所論のいう本件犯行の動機、すなわち事業資金としての借入金の返済や将来の資本の蓄積というのは、脱税事犯にとつては必ずしも有利な情状ということはできず、また関係証拠を検討しても、二重契約書の作成が所論のいうように客の要望によりやむなく作つたものであるとは認められない。右のほか、被告人に租税に関する知識の乏しかつたこと、重加算税等を完納していること、再犯のおそれのないこと等所論の指摘する被告人に有利な事情をすべて斟酌しても原判決の量刑が不当に重いということはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎四郎 裁判官 佐藤文哉 裁判官 中野久利)

○昭和四八年(う)第二二九一号

控訴趣意書

被告人 福田由一郎

右被告人に関する頭記所得税法違反被告事件につき、左のとおり控訴の趣意を提出する。

昭和四八年一〇月一五日

右弁護人 酒井亨

弁護士 酒井憲郎

同 野島潤一

東京高等裁判所第一三刑事部 御中

原審裁判所は被告人に対し懲役六月および罰金七〇〇万円に処する。右罰金を完納しないときは、金二〇、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する旨の判決の言渡しをしたが、右判決は第一に重大な事実の誤認および法令適用の誤があり且つ右違反は判決に影響を及ぼすことは明らかであるので破棄を免れず、第二にこの量定(就中罰金刑)が甚しく不当であつてこれを破棄しなければ著しく正義に反することを認める事由がある。以下その理由を詳述する。

第一、原判決には法令の適用の誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明かであるから、破棄を免れないものと考える。

一、所得税法第二三八条第一項には偽りその他不正の行為により所得税を免れた行為が処罰されるものと規定されているが、右「偽りその他の行為」はかかる手段が積極的に行なわれたときに限られることは、最高裁判所判例(最判昭和三八年二月一二日第三小法廷判決および同年四月九日同法廷判決、同二四年七月九日第二小法廷判決)により確定されたところである。また、学説上においてもほ脱犯における「偽りその他不正の行為」というのは、二重帳簿の作成、帳簿の種類の虚偽記載、その破棄毀損、虚偽の答弁、収税官吏の買収、脅迫等積極的な行為であることを要し、単に申告しないというような消極的行為のみではこれに該当しないとすることが定説である(田中二郎著租税法三四三貢)

二、原判決は「偽りその他不正の行為」の手段として二重契約(摘示事実第一)他人名義の使用(同第二)を挙示しているが全ほ脱金額について右の手段を弄じたものかは不明確であるが仮にほ脱金額金部につき右手段が行なわれた趣旨とするなら格別(この場合は事実誤認の主張となるが)本件におけるほ脱金額の一部(製材業収益および不動産賃貸料収入)については単に申告しなかつたか若しくは申告の基礎となる帳簿に記載もれがあつたにすぎないのである。このことは原審証拠より明かでもあり、例えば、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書(昭和四七年六月二三日付)中左のとおり応答がある。

「問四、不動産以外の所得についてはどの様に申告したのですか

答、 製材業については殆んど儲けはないので説明だけでしたが不動産賃貸所得については賃貸料収入を記載したメモを持参しました。

問五、税務署に持参した資料は正しいものですか。

答、 申し訳けありませんが、正しく記載されておりません。

問六、どうして正しくないのですか、

答、 ……前略、…不動産賃貸料収入についても東京のアパートの家賃収入を除外するなどしておりました。…後略……」

製材業、家賃収入についての所得税ほ脱手段は右の他には証拠がなく、原審も右の事実を認定したものと思われる。従つて右収益について、それ以外の手段、例えば二重帳簿、帳簿の虚偽記載、その破棄毀損などの行為を行なつた事実はない

三、以上のとおりであるから、本件犯行事実中製材業収益および賃貸収益部分については、その所得のほ脱手段について所得税法第二三八条第一項に該当する事実はなく前記事実を認定したうえ、これを「不正の行為」として同条に擬律した原審判断は、法令の適用の誤(法令解釈の誤、判例違背)があり、しかも、その誤は構成要件の中心的要素に関する部分であり、判決に影響を及ぼすべきことも明かである。

なお、最高裁判所判決は、昭和四二年一一月八日物品税法違反事件において、「詐偽その他不正の行為」についてその基準を判示するが、その主張するところも「ほ脱の意図をもつて、その手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるような、なんらかの偽計その他の工作を行なうことをいうものと解するのを相当とする。所論引用の判例が不申告以外に詐偽その他不正の手段が積極的に行なわれることが必要であるとしているのは、常に申告しないというだけでなく、その他の工作が行なわれてることを必要とするという趣旨」で、あるとして該事案についても単なる虚偽申告の事実の他に工作した事実も原審は認定していたと判示しているのである。よつて本判例に照らしても本件原判決は判例違反は明かである。

第二、本件犯行の動機犯意について

(一) 被告人が本件犯行に及んだ動機は決して被告人の個人的欲望を満すためではなく事業資金としての借入金の返済や将来の資本となるべき財の蓄積であつた。すなわち被告人にとつても副業であつた不動産仲介業が本格的に本業化していつたのは、本件犯行の初年度である昭和四四年ごろからである。けだし、これより前は何等大口の取引はなくむしろ本業である製材業による収入が被告人の収入のほとんどであつたが同年に至り東京の大手不動産業者である、大和観光株式会社あるいは東洋観光株式会社が日光周辺の別荘地分譲事業に進出し、当時地元業者であつた被告人が地主との接渉に活躍するようになつた。当初は、地主と右会社との仲介にとどまつていたが、地主等の要望により顔見知りである被告人が地主等から土地を買受け、それを前記会社に転売するようになつた。これにともない、被告人の不動産業を経営規模が拡大し土地購入代金等の調達にも、苦慮し銀行等の金融機関からの借入金が増大していつた。ちなみに昭和四四年度分修正損益計算書(一)記載の期たな卸高及び仕入金額は合計して八千万円弱となるがそのほとんどが借入金等にする他人資本にもとづくものであることは原審証拠上も明らかであり、昭和四五年度においても同様である。このように当時の被告人は、数千万円の借入金をかかえ、三ケ月後には一二〇〇万円の融通手形を決済しなければならない状態でやむなく脱税を思いたちその秘匿した利益をもつて借入金の弁済に当てた次第である。

(二) 次に被告人の事件犯行について、とりわけ脱税金額の認識も希薄であつた。すなわち、被告人はもとより本件ほ脱行為、あるいはほ脱額について周到綿密な計画することなく、したがつて結果的に多大な金額にのぼつたのは唯一、被告人の経理処理のずさんさによるものである。昭和四四年に至るまでは製材業を本業とし、片手間に不動産の仲介を行う程度であつたので、その当時の経理内容は勿論整備されたものではなくどんぶり勘定もはなはなだしいものであつたが、その期間における税務処理はたとい査察を受けても何の文句を言われることなく納税を行つてきたものである。

そこで昭和四四、五年度においても被告人は前年と同様の会計処理をし納税を済せたのである。ところが、昭和四六年に至り原審証拠上明らかなとおりの国税庁による査察を受け本件が発覚したのである。

右のとおりの被告人の行なつた会計処理は極めて粗雑であり、企業家としてのあるまじき処理と非難されようが被告人の境遇にあつては、無理からぬ点も多々存在するのである。

その第一点は前年度までの会計処理で充分に税務申告が行なえたという事情である。けだし、昭和四四、五年度においても前年度と同様の会計書類で申告を行なつたのであり、現場の税務官吏はこれに対し、何の注意、指導あるいは更正決定を行なうことなどなく申告を受付けているのである。(例えば、原審における被告人の公判廷における供述「融手もなくなつているし---(中略---いうことになつた」が明かである)仮に右税務官吏がこれに気付き、申告を行なつた際に適切な指導を行なえば、昭和四四年度は勿論四五年度においてもかような結果が生じなかつたことは明かである。絶えず国民と直接に接触する税務官吏にそのような意識、態度、姿勢があれば未然に防止できた犯行でもあるのである。

第二点は、被告人の会計面における無知である。被告人のような片田舎の材木屋にとつて近代的な会計帳簿を整備し、正確にこれに記載していくことは、その知識不足、情報不足から不可能であつたしまた昭和四三年度において無事申告を済せているとおり、不必要でもあつたのである。会計専従者を雇用すれば、可能となることでもあるが、その費用すら捻出できない零細企業者にとつてはまして無理な要求でもある。昭和四四年度に入り不動産取引が増大してもその事情は変ることなく日々の仕事に明け暮れていたものである。したがつてどんぶり勘定と、一言で言つても都会を離れた知識のない被告人のような者にとつて決して悪意で行なつたものでないことは充分に伺い知れるところである。

第三点は、昭和四四年度に入り、前述のとおり急激な売上げ仲介料の増大(大和、東洋の各不動産会社との取引によるもの)を来たしたが取引数の割には純益はさ程でなく、したがつて当該年度中における被告人の認識としても、それほどの純益が上つているという事実はなかつたといえるのである。右のことは、検察官提出の修正損益計算書の金額によれば、一目瞭然である。例えば、昭和四四年度であれば総収入金額が金一二五、六九六、六六七円であるのに対し、純収益は、一五、二五九、二六六円にすぎず収益率は僅か一二パーセントであり、同四五年後においても一一・六パーセントにすぎないものである。右の割合は、不動産仲介業の収益率が平均七三・五パーセントとなつている(例えば、自由国民社発行損害賠償額の基準便覧七三年版一二六頁)ことから比べれば、著しく低率であり、当時被告人が決して「濡れ手で粟」といつた心境でなかつたことを、裏付けるものである。かような事情からしても当時被告人が純益額についてはつきりした認識をし、それを前提として脱税操作を行なつたという事実は全くないところである。

(三) 更に、被告人の本件犯行の原因は、被告人自身が所得税等の租税関係法令について全く無知であることにもおる。

会計帳簿の整備状況が示す如く、被告人は計理税務面の知識は全くなく唯一の知識源は、税務署における申告窓口であつた。しかるに現実には、窓口といつても、相談人のサイドに入つて懇切正確なアドバイスがなされるものではなく、一種の慣れ合い的な雰囲気の中に帳簿などに基本がない、極めてあいまいな数字で申告額が定まるのである。そこでは、租税法の理念とはかけはなれた非科学的、前時代的な税務処理が行なわれているのであり、税務官庁と国民との唯一の接点である窓口行政がその本来の目的を達していないことは現実である。特に都会を離れた地方の税務署におけるかような傾向は顕著であり、被告人として前述した如く申告の際収税官吏より適切な指示を受けていれば本件犯行は行なわれなかつたことは明かである。租税刑法があくまで被告人の倫理的非難可能性にある以上、その前提として被告人に違法性の意識の可能性がなければならないことは当然である。被告人は前述のとおり、税務署の係官に所得額の申告について相談し係官から具体的数字をあげられて自己の申告するべき所得額を提示され、その指示に従えば違法ではないと信じて過少申告をしたのであり、本件犯行当時の違法性の意識は、これを全く欠如したか、あるいは極めて希薄であつたものと思われる(板倉宏著租税刑法の基本問題第一五七頁)

第三、本件犯行の態様について

原審裁判所の認定によれば、被告人の本件犯行の手段として二重契約書があげられているが、これは被告人が積極的に作成したものではなく、客の要望により、やむなく作つたものである。すなわち、被告人より不動産を買い受けた者の中には会社の裏金を使用して個人が買つたように見せかけるためあるいは、税務署よりの資金の出所追求をまぬがれるため被告人に対し、二重契約書の作成を要求してくる者がおり大切な顧客を失うことを恐れる被告人にしてみれば、この客からの要望を強く断わることもできずそのためこれらの売買益が表面に出てこなかつたわけである。

また製材業利益の不申告は製材業が昭和四四年ころを副業化し、不動産業収益から逆に一〇万円位を融通することもあつたので申告しなかつたわけである。

いづれにしても、被告人の脱税の手段は相手方を調べればすぐにバレてしまうような稚拙なものであつた。なお不動産賃貸所得の脱税については既述のとおりである。

第四、本件犯行の結果及び現在の状態

原審裁判所の認定によれば、被告人の昭和四四年度及び昭和四五年度の脱税額は合計四四、八〇九、五〇〇円であり、その額は決して少ないとは言えないものである。しかし被告人はその後、本税の不足分、過少申告加算税、重加算税合計五〇、二六四、二〇〇円を完納し、その他地方税、市県民税三〇〇万円、過年度分一〇〇〇万円、事業税一〇〇万円を完納している。一方被告人の昭和四四年及び昭和四五年度の純利益は合計二八、九〇八、〇五三円であり前記脱税額四四、八〇九、五〇〇円と合わせても右重加算税等合計額には及ばないものである。このように被告人の手元には重加算税等を納めるに足りる利益が存在していなかつたためやむをえず自己が所有する山林を売却し、右重加算税等の完納に当てた次第である。

最高裁判所の判例によれば重加算税は、これを課することにより、脱税を防止し、適正な納税を促進する行政法上のそ置であり、刑罰たる罰金刑とはその性格を異にするとのことであるが、刑罰もその予防的効果は広く承認されており、これを本件についていえば刑罰を課することにより脱税を防止することであり、重加算税と共通の目的を有することになりもとより、刑罰はその他行為者に対する応報的制裁的意味を有するわけであるが、これは懲役刑という体刑のみでその目的は、十分達せられるはずである。したがつて脱税利益および純利益を全て吐き出し、その上本件とは何等関係のない山林までをも犠牲にして、刑罰と共通の目的を有する重加算税等を完納し現在ほとんど利益が存在しない被告人に対し、多額の罰金刑を課することはあまりにも酷にすぎる結果となる。

第五、被告人の反省及び再犯の恐れ

被告人は本件脱税が発覚した後、税務署からの更正決定をまたず査察の結果明確になつた納税不定額を、自ら進んで修正申告し、また査察の際には全てを正直に話しており、その反省態度には著しいものがある。また長年地元で商売を続けてきた実績と人から頼まれた事はイヤとは言えず全て引き受けてやるような性格ゆえ、他人からの信任が厚かつた被告人にとつて、今回の事件ほど身にこたえたものはなく、二度と同じ誤ちをくり返してはいけないと現在は株式会社の従業員になつて会社から給料をもらう形をとつており会社の経理は、全て計理士にみてもらつている。したがつて再犯の恐れは全くない。

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